When I'm gone...

ずっと昔、同僚と京都を旅行していたとき、到着した宿泊先で一息ついて、ふとしたことから「父親が死んだ時には」という話になった。

カナダ人の男性と女性と3人で話をしていたのだが、そこに現地で落ち合った別のアメリカ人の同僚が3人加わった。「何はなしてるの~?」ときくのでこれこれこうだと説明すると、血相を変えて、「そんな縁起の悪いこと言わないで!ダッドが死んだらなんて、考えられない!」

ま、確かにある種の人にとってはそうかもしれない。もし尊敬できる父親にたっぷり愛情を注がれて育っていたら、その人の死は考えるだけでつらいというのもわからなくはない。

私にとっては死というのは割と現実的な現象の一つで、どんなに愛していても、旦那が死んだときには、私が死んだときには、ということは結構現実的に考える。

私が先に逝ったら(なるべく後に逝くように頑張るけど)、できれば旦那になるべく早く傷心から立ち直ってもらい、私の保険金でとっととモーゲッジを払い終わって、性質のいいガールフレンドを見つけ、新しい場所に家を買い、残りの人生を彼女と思う存分幸せに生きていって欲しいと真剣に思う。人生は短いんだから。



さて、今週末は休みをとった金曜日から目一杯ガーデニング。ずっと天気が悪かったからやれなかったことがたくさんある。隣のビッチも「ホットパンツ」で登場。やれやれ、見たくない。(注 彼女は60歳、外は天気がいいといってもとてもショーツの季節ではない)そして、耳にしたくもない会話がフェンスごしに次々に耳に入ってくる。

しばらくすると、「もし私が先に逝ったら、新しいガールフレンドをこの家に連れ込むんでしょう?!」とビッチ。彼女の移り気と癇癪に耐えつつ何からなにまで辛抱強く面倒を見ている旦那さんは「勿論そんなことはないよ」と返答。するとすかさず彼女が「当然よね」とぴしゃり。

How unkind.

そういうものかい?
いまさらながら驚いてしまった。
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by uk_alien | 2009-03-01 19:08 | just a thought