新しい日課



新しいポジションはフルタイムの指定だったのだが、時間を少し削ってらいパートタイムにしてもらった。

それでもこれまでと比べると、通勤の関係もあり、かなり長時間犬を留守番させることになる。

プロのドッグウォーカーを雇おうか、それとも、彼よりもっと長い時間家で留守番している犬も沢山いるんだから我慢してもらうか...と決断できずにいた。

と、前のオフィスの同僚のお姉さんが、

「近所の親しい人に声をかけてごらんなさい。(I don't want to make them feel obligedと心配する私に対して)お願いするのではなく、相手が気兼ねなく断れるスタンスのプローザルとして。近所の人がどんなにあなたを助けたいと思っているか、驚かされることも結構あるのよ」

という。そんなもんなのかもしれない...。



親しくしている向かいのおばちゃんは70代。彼女自身犬を二匹飼っているのだけれど、膝の痛みがたいそうひどく段差をまたぐのも一苦労。そんな彼女に相談して、逆にウォルターのことを心配しつつも断らなければいけない状況に彼女を追いやるのはフェアじゃない、と思っていた。

しかし、実際私の帰りの電車がひどく遅れた場合のことを考えると誰かに犬の用足しを頼まなければならないのは必至だし、私の生活パターンの変化もきちんと説明しておかなきゃ、と意を固め彼女のドアを叩いた。

「It's only me!」「Hello, come in!」と庭に通してもらう。「なんだかこうして訪ねるのも妙に久しぶりだよね」と同意する。寒く長い冬で閉じこもっていたせいか、典型的なbussy beesで私たちが自分たちのことだけに目がいっていたせいか。

お互いの最近のニュースなどを交換し、私の新しい仕事のポジションと時間のことも説明した。

「万一帰りの時間が遅れるようなら電話をくれればウォルターを庭に出すことくらいなんともない。たったお向かいじゃないか、段差も杖を使えば大丈夫。この忌まわしい膝も使わないことには更に悪くなっちゃうんだから」

と言ってくれる。もしドッグウォーカーが必要だと判断することになったら、支払いを条件に引き受けてもらえる可能性はあるだろうかと訪ねると、彼女らしく、それに付随する危険と責任を考えた上で、可能性としてはyesだと答えてくれた。



と、翌日の土曜の朝、車のワイパーにメモがはさんであるのに気づく。向かいのおばちゃんからだ。いつものように使い古しの封筒の裏に走り書きで、「一つのアイディアとしてふと思い浮かんだんだけどね、私がお昼をとる時間に一時間、毎日ウォルターを家に預かるというのはどうかしら?」とある。

後で旦那とウォルターを連れておばちゃんの家に行くと、「やっぱり一人で残されるにはかなり長い時間だと思うのよ。どうせ向かいなんだし、私がランチを座ってとる時間(彼女は信じられないくらい働き者で、座って休むのはランチの時間と長い一日が終わった晩くらいなもの)家に連れてきて庭で用足しさせてやって、他の犬たちと遊ぶことが出来ると思ったんだよね」

という。ウォルターが長時間家に残されるのを黙って見過ごすには胸が痛む、しかし未知の危険の要素が伴うドッグウォーキングはすばやく動けない自分の体では責任を負いきれない、それなら近所のよしみとして安全な自分の庭で自分の負担にならない時間だけウォルターを預かることで、彼の一日がbreak upされるなら、それが一番なのではないか、という提案だ。

もう、どう伝えていいのかわからないくらい感謝の気持ちでいっぱいになった。

庭の芝刈り、家の周りのodd jobs、雪の日のドッグウォーキング - 私たちが出来る限りの助けを提供することを約束し、今週から一週間のトライアルがはじまった。

日課:
旦那、5:15に起床。ウォルター、朝ごはん。30分の散歩。
私、5:45に起床。ウォルター、更に45分の散歩。
おばちゃん、12:00頃我家にやってきてウォルターを連れ出し一時間預かり、再び我家に戻す。
私、帰宅。ウォルター、ディナー。30分の散歩。

結果:
ウォルター、へとへと(笑)。私たちもだけど。

ウォルターはこれまでより長い時間散歩をしてもらって、大好きなおばちゃんとdoggie friendsに毎日会うことができて、もう目に見えてハッピー、ハッピー。時間があればころんと休んでいる。日照時間の短い冬には朝の散歩をずらし、散歩時間も減らさざるを得なくなると思うけど、それでも彼にとっては悪くない一日の日課だと思う。

昨日の土曜の朝は、私はおばちゃんの布団のカバーを交換し、旦那はおばちゃんの庭の芝刈り。

「本当に助かったよ。ウォルターを毎日家に連れてくるのは全然問題じゃないから」というおばちゃんに、「感謝の気持ちが時とともにうすれてしまうのは人の性かもしれないけど、それでもこれがmutually beneficialであるようベストを尽くしますからね」と伝え、We'll see. We'll see how it goesと微笑みあった。

私はこれまで'mutual'のバランスが崩れるのを恐れ、こういう形で人と助けを与え合った経験が少ない。だから新しい経験。

It might work, it might not. So, we shall see.
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by uk_alien | 2010-06-06 18:29 | just a diary