ちょうどいい人間関係

私は誰かが困っていると胸が痛くなる。そして何らかの形でその人の助けになれると、とっても気持ちがいい。でも自分の足で立とうと頑張ってない人を見ると少しあきれてしまう。反面、自分の足ではもう立てないと判っているが、「ひざ立ちならできるから、高いところのものはいつもとってもらわなきゃいけないんだ。ありがとう」という人をみると尊敬する。でもいつも私がとってあげることを期待されるはうざったい。

少し前から友人が、「まだまだ稼がなければいけないのでコミュニティー通訳の資格をどうしてもとりたい」と常にぼやいていた。チャーチ・メンバーの元警察のお偉いさんの英人に情報を頼んでいるが、なかなか得られないという。そりゃそうだろう、聞く相手が違う、と思い、彼女の家の近所の大きなカレッジに代理で問い合わせた。残念ながらそこではその資格コースは設けられておらず、最寄のコースは私が住んでいるBoroughのコースになるそうだ。

このコースは私も時期がきたらやろうと思っていたコースだった。で、書き/話し英語に自信がないという友人を励まし、励まし、そして励まし、コース内容と申込書をネットで入手してメールで送り、願書でどんなことをアピールすべきかをアドバイスした。

確かに彼女の話し/書き英語には問題がある(在英15年なので聴き/読みは問題なさそう)。しかし何とか頑張って資格さえとってしまえば彼女の言語なら需要が大きい。細く長く稼げるので50歳を超える彼女にとっては大きな強みになるはずだ。

締め切り前日に彼女の家を訪ねた私に、ドア口で彼女は、「申込書を郵送で出せなかった。仕事ですごく忙しかった。しかも自宅のファックスが壊れていることに今朝気づいた」と告げた。そして「これから申込書を持っていくから付き合ってくれ」と頼んだ。

その日は、常日ごろから「母国語のなまりが強すぎ、いつも英人とのコミュニケーションがスムースにいかない」とぼやき続ける彼女に発音レッスンをしてあげる予定で、テキストやテープ、今は稀有なカセットデッキをしっかり持っきていた。「どうして朝これから出るよコールしたときに言ってくれなかったんだろう...」とふと思ったが、気を取り直して学校に電話、事務所のオープン時間を確認し地図で確かめてナビゲートした。

無事用事が済んだ後、学校から家へ直接帰った方がはるかに近かったのだが、私の車は彼女の家に置いてきていた。その後の流れで食品の買い物に付き合い、家具の買い物に付き合い、どうしても外でランチをしたいというのでランチに付き合い、帰りに子ども達をピックアップするのに付き合った。朝から午後の4時まで...。やっと彼女の家に(私の車に)たどり着いたときには、どっと疲れていたのでそのまま外で別れを告げた。

私が仕事を辞めてから気づいたことだが、どうやら彼女は「主婦は皆ヒマで時間がありあまっている」と思い込んでいるふしがある。更に前々からうすうす気づいていたが、彼女は人を使うこと、利用することをあまり気にしないタイプ。使いすぎたと思ったときはランチやディナーを提供することでチャラになると考えている。

頭の中で警鐘が鳴った。

今のこの関係は非常によくない。
少し距離を置こう。

急に、このコースワーク自体に関して私にどっかり頼ってくる彼女の姿が見えた。いや、いや。そうなりかけたらきちんと理性的に話し合えばよいのだ。ま、それはお互いの合否が決まったら考えることにして、今は程よい距離と付き合い方が見えてくるまでフィジカルなコンタクト時間を少なくするよう努めようと思った。

ブリティッシュなほどよい距離を保つ自立した大人の関係を目指そう。
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by uk_alien | 2006-04-10 17:54 | just a thought