Birds of a feather flock together

新しいカメラを買った。

サッチャーの葬列が会社の前を通りすぎるというので、それではと買ったばかりのカメラを会社に持参する。

葬列がいつ通り過ぎるかわからないのでカメラを机の上に用意しておこう、と思ったのが大間違い。椅子を引いた際にストラップが椅子の肘掛に引っかかり、カメラをどしんと床に落としてしまった。「床をぶち抜けて下の階まで落ちたかと思うような音だったよ」と同僚が描写する。

床にはカーペットがしいてあるのでカメラの外部への損傷は全くなし。エレクトロニクスの部分にも影響はないようだが、レンジファインダーのアラインメントが思い切り狂ってしまった。



(↑ レンジファインダーが狂っても写真は撮る、ということであっという間に通り過ぎた、「葬列」というにはあまりにシンプルな霊柩車をとりあえず写した)

で、メイフェアにあるフラッグショップに急遽持参する。

ポケットでうずく大金のうなり声があたかもきこえてきそうな中国人客で大層忙しそうなショップ。全身黒色のスマートな装いをした若いセールス担当の男性に事情を話すと、向かいのワークショップに案内された。「担当の者が対処しますから」

そうして現れたのがコミックスケッチからとび出たような中年のカメラオタク/テッキー。「私」という存在を無視してカメラを注意深く点検し、汚れた眼鏡を通して「落としましたね、落としたんでしょう、保証内ですから別にどうでもいいんですけど。でも落としたんでしょう」と私をねめつけ「ドイツに送ります」と審判を言い渡す。

はい、はい。Pleading guilty。

メーカーの保障はこうしたアクシデントもすべてカバーするので私は全く心配はしていない。デモモデルを購入したからレンジファインダーのアラインメントを精密にチェックしてくれるなら願ってもない幸運だ。

「このバッテリーは新製品の正規付属品じゃないでしょう」と更にテッキーが私を告発する。You don’t deserve the warrantyと彼の目が語り、ドイツの精密かつ高度な技術を駆使したこのカメラを私が持っていること自体が自然の摂理に反するとでも言わんがばかり。

「それはこれまで使っていたM8のバッテリーですよ」とにっこり微笑む私。

ブランドイメージを保つ目的でパフォーミングモンキーさながらのロゴ入り白衣を無理やり着せられ「カスタマーサービス」という単語に徹底して無頓着なこのテッキーに私はやたら愛着の念を覚た。

彼のぶっきらぼうな態度は全く無視して私はにこやかにいろいろ質問する。私のフレンドリーな態度は全く無視して彼はぶっきらぼうに回答する。

この間、私のカメラとレンズをこと慎重に取り扱うテッキー。これは私(という客が購入した製品)を尊重しているのではなく、彼のこのメーカーの製品に対する尊敬の態度がにじみ出ているのがよくわかる。

「で、このカメラには満足しているんですか?これは技術を駆使したものすごく優れた製品なんですよ」と俄然非難の態度。

「買ってから間もないからまだわからないけど、おそらく慣れるのには時間がかかると思います。今のところは画像処理に四苦八苦していて。新しいファイルはこれまで使ってきたM8からのファイルと違って描写がすぐれている半面フラットな感じで、付属のソフトウェアの不慣れさも重なってこれというワークフローが全然定まらないんですよ」

と私が答えると、これまでのテッキーの告発的な態度は「さまよえる羊を救わねば」という態度に急変した。

前日に参加したというショップ主催のLightroom4ワークショップの話や彼自身のSilver Efex2の経験をいろいろ話してくれ、モノクロの画像処理の様々な示唆をしてくれる。なんだ、これまで自分がカラーで使ってきたテクニックをそのままモノクロに応用すればいいんじゃないか。分不相応な新しいカメラ、付属の新しいソフトウェア、モノクロファイルということでパニくっていた自分が見えてくる。「ローコントラストで詳細を記録できるのはなまじコントラストが高くて詳細を記録できないよりずっといいんですよ」

おっしゃるとおり。

彼も長年のM8ユーザーなのだそうだ。バックオフィスから彼自身のプリント作品を持ち出してきて見せてくれた。「僕はここのプリントは使いませんよ、高いから。ネットでマンチェスターの安いプリント屋で頼むんです。(アマチュア目的なら)十分ですよ」と微笑む。

一枚一枚8x10と20x8のプリントをめくって彼のコメントに耳を傾ける。視覚的な経験と物質の感触が忘れかけていた感覚をよみがえらせる。PoliakoffのShooting the Pastが頭をよぎる。「違いますよ、やっぱり、プリントにすると。僕はプリントにするのが好きです。画面上では気づかなかったものが見えたりしますよ」

今回の引越しで長年手放せずに屋根裏にしまっていた現像の道具と引き伸ばし機をすべて処分してしまった私は「フィルムカメラにまた戻れればいいんですけど、実際にはそうもいかなくて」とつぶやくと「いらないじゃないですか、この新しいカメラがあれば」と彼が純粋に驚く。皮肉ではない。なんだか少しほっとしてしまった。「うん、それが今回このカメラを買った理由なんです。貯金をはたいてしまった」

話がはずみ、ワークショップを戸締りしたくてうろうろしている若いスタッフのおかげで閉店時間が過ぎていることに気が付いた。

仕方なしに話を終え、「じゃあカメラをお預かりしますから」と無造作にドアを開ける彼に私は微笑んで、とても幸せな気持ちで店を後にした。
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by uk_alien | 2013-04-21 21:44 | photography