わからずじまい

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もともと他人に親切で面倒見のよい人もいれば非常に利己的な人もいる。もしくは他人とは全て貸し借りのやりとりとドライに割り切る人も。でも大抵はそういう極端なタイプの間を経験や心理状態によっていったりきたりするのだろう。

私もそう。体調や気分がよければもっと親切になれるし、利用されて傷つけば暫く警戒心が強くなるといったところ。

親切といえば、もう大分前に大学時代の講師がいった言葉がいまだに耳に残っている。

「自分の持っている有益な情報や物を親切心から他人と共有するのは、それはそれでいいことなようだけど、究極的には自分を守るために線をしっかり引いて、自分勝手なくらいに秘密にして自分の中に収めとかなくちゃだめだよ。そうすることは生きていく上で大切なことなんだ。」

こう熱心に語った彼は小児麻痺を患って、いつからだが硬直して動けなくなるかわからない状況の中で様々な治療を受けながら教鞭をとっていた。

彼のことを思い出すたびに、彼はあの時実際に何を伝えたかったのだろうと考える。確かに尼さんでもない限り、なんでもかんでも親切や博愛心で提供しましょうというのはばかげているし、相手がどんな形であれ「競争」相手であれば、そうすることで自分の立場を弱めてしまうことになる。そういう意味では理解できる。

でも時間がたてばたつほど私は彼がそういうことを言っていたんじゃないような気がして仕方がない。普通に暮らせる体を保つために莫大な希望と気力とエネルギーと時間を注ぐ生活をする彼が伝えていたメッセージのポイントはどこか別なところにあるように思えてならないのだ。

年齢を重ねて、普通の生活をすることが困難で苦しくなったとき、それでも生きていくという希望を振り絞って日々を過ごしていく中で、ふと「ああ、彼が言っていたのはこのことか」と悟るのかもしれないし、結局はわからずじまいになるのかもしれない。
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by uk_alien | 2007-01-31 03:33 | just a thought