カテゴリ:just a thought( 54 )

潜在的天然パーマ

忙しい。一日があっという間に過ぎていく。

夜の10時にはぐったりと床に就く子供のような就寝時間の日々。

朝はこれまでのようにゆっくりシャワー&ブロードライ...なんてわけにはいかなくなった。夜のうちにシャワーかお風呂に入っておき、5時45に起きて犬の散歩から帰ってきた旦那がいれてくれた紅茶をすすりながらランチ&朝ごはんのおにぎりをすばやく作り、その後犬の散歩。(そう、彼は朝の散歩を二回するラッキーな犬。)帰ってきてからの30分ですばやく出かける支度をする。

さて、私の髪の毛は「天然パーマ」(これってもしかしたら死語だろうか)。私自身ずっと知らずにいたのだが、イギリスに来て以来美容室に滅多に行かなくなり、パーマをかけることも一切なくなったせいで気づいた次第。結構便利な頭だ。必死こいてパーマにお金をつぎ込んでいた過去の自分があほらしく思える。

それでもくりくりのリングレットほどの強さはないから、これまではトップだけドライヤーで伸ばして毛先のレイヤーのカールだけを残すというスタイルにしていた。今はもうそんな余裕すらなくなったので、夜洗髪した後に新しく買い込んだカールクリームをつけ、乾かさずに全部の髪の毛を頭の天辺にゆるく束ねてタオルをしいた枕で寝るというパターンに切り替える。

と、朝起きるとこんなような頭になっている。



おお、ふざけたくらいに美しいウェーブではないか。そうか、私の頭はこうすればよかったんだな。あと20年若ければ舞い上がって喜んでいただろうに。

新しいhairを発見したからといって、ファッションやライフスタイルや年齢が変わるわけではなく。

そこで思うのだけれど、ヘアスタイルが世の中で一番の重要事項になっている年齢のお嬢さんたち、アイロンでストレートに伸ばしたりリングレットを作ったり、高いお金を出してなんちゃらパーマをかけるのもいいかもしれないけれど、しばらくカットだけに頼り自分の髪を自然に放っておいて、どんなカールが潜んでいるのかを探ってみるのもいいかもしれない。

おばさんは自分の経験から本当にそう思うのだよ。
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by uk_alien | 2010-06-26 06:47 | just a thought

ものの寿命



8年前に購入した旦那のセイコーキネティックの腕時計がいかれた。

googleしてみると、どうやらよくありがちな問題なようだ。

「電池交換不要」なんて謳い上げて、まるで半永久的に使えるという印象を与えてくれたが、結局は、そしてよくよく考えてみれば、時計の中の振り子が体の動きで揺れることで内臓されている電池を充電するわけで、その充電用電池は常識的にいって何十年ももつわけはない。発売当時の電池の寿命は通常4~5年らしく、8年もったのはラッキーな方らしい。

で、

1. 修理用キットを購入してDIYでで交換すると16~17ポンド
2. セイコーキネティック修理を専門にしている所(なんだそりゃ)に送ると50ポンド
3. セイコーに送ると85ポンド+

うーん。

結局2の専門の修理屋の評判をネットで調べ、大丈夫そうなのでそこを使うことにした。電池交換とオーバーホール、そしてセイコー純正の表面のガラスを交換してもらって85ポンド。

高いけど、仕方がない。新しい電池はこの先約20年はもつらしく(ほんとうかいな?)、workmanshipは12ヶ月保証される。ま、丸ごと買い換えるよりはよしとするか。

携帯電話から掃除機にいたるまで、技術の進歩・便利さ・快適さに、あたかも信頼性と継続性が共存するような幻想を消費者に与え、充電池がきれるころにはまるごとアップデートすることが期待されている昨今。

錘を定期的に引くことで驚異的に正確な時刻を告げ続けるGrandfather Clockをじっと見つめながらなんかちがうよな、と首を傾げざるをえないのである。
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by uk_alien | 2010-02-15 07:28 | just a thought

Just a thought



No one can make the illiterate literate. One could only help him teach himself. 誰も文盲の人に読み書きを教えることはできない。できるのは彼が自分の力で学ぶのを助けることだけだ。

と、心の底から思った。
学びの動機というものは常に驚愕的な力を秘め、時に神々しささえ感じさせる。
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by uk_alien | 2010-02-09 06:53 | just a thought

思惑の残骸



何か考えていても、何を考えていたのか忘れることが多くなった。何かにとても怒っていても、何に怒っているのか忘れることが多くなった。

これはいいことなんだろうか、といぶかしめど、いぶかしつくさぬうちに忘れてしまうのでしようもなく。

それでもそうした中途半端な思惑の残骸が頭の中に散らかってくると、どうも気持ちが悪く、いけない。

だから怠惰にならずにがんばって考えなければと思う。



こう思ったことも忘れないようにしないと。
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by uk_alien | 2009-06-16 02:18 | just a thought

結婚の意義は年金にあり

イギリスでは、「結婚していないカップルでも、ガスや水道の請求書などで同棲を証明できれば結婚しているカップルと扱いは同じ」というのが通説。現に私の友人の間でも子供ができても結婚はしていないカップルが結構いる。

しかし、意外な落とし穴というのはここにもあるようだ。

年金。

通常、年金受給者が亡くなると、(支払われるだけのお金があると前提して)遺族年金が寡夫/寡婦に対し支払われる。政府を通した公共年金の場合も、企業を通した年金の場合でも、結婚していた場合は自動的に受給資格ありとみなされるのだが、「同棲していたパートナーの受給資格を認めるか否か」という判断は、企業を通した年金の場合、(他の判断同様)全てTrustee次第となる。

つまり、どんなに数十年の同棲生活を明確に証明できても、Trusteeが受給資格ありと認める判断をしなければ、亡くなった人の年金は残されたパートナーに一切支給されないことになる。(「フルタイムの教育を受ける子供」はパートナーである母親とは別扱い)

残されたゲイパートナーの受給資格を20年前に認めた時代の先を行くTrusteeもあれば、つい数年前、20年を超える同棲生活のパートナーに対し受給資格なしと判断したTrusteeもある。

こうしたことも時代とともに変わっていくのかもしれないが、それより大事をとって「年をとったからそろそろ結婚しなきゃ」というパートナーたちもいるらしい。

週3日ペースで生活をともにしたおめかけさんが老後は「ダンナ」の年金を当てにしていたところ、「ダンナ」の死後、誰に年金を残すかというフォームに彼女の名前が書かれておらず、本妻に全てとられたという話もある。

結婚するかしないかは個人の選択だが、後者を選び、更に、Homemakerとして自分の収入を減らす/なくす決断をした人は、相手が先に逝った場合の年金受給の可否に関して少し考えておいた方がいいのかもしれない。
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by uk_alien | 2009-03-07 03:21 | just a thought

When I'm gone...

ずっと昔、同僚と京都を旅行していたとき、到着した宿泊先で一息ついて、ふとしたことから「父親が死んだ時には」という話になった。

カナダ人の男性と女性と3人で話をしていたのだが、そこに現地で落ち合った別のアメリカ人の同僚が3人加わった。「何はなしてるの~?」ときくのでこれこれこうだと説明すると、血相を変えて、「そんな縁起の悪いこと言わないで!ダッドが死んだらなんて、考えられない!」

ま、確かにある種の人にとってはそうかもしれない。もし尊敬できる父親にたっぷり愛情を注がれて育っていたら、その人の死は考えるだけでつらいというのもわからなくはない。

私にとっては死というのは割と現実的な現象の一つで、どんなに愛していても、旦那が死んだときには、私が死んだときには、ということは結構現実的に考える。

私が先に逝ったら(なるべく後に逝くように頑張るけど)、できれば旦那になるべく早く傷心から立ち直ってもらい、私の保険金でとっととモーゲッジを払い終わって、性質のいいガールフレンドを見つけ、新しい場所に家を買い、残りの人生を彼女と思う存分幸せに生きていって欲しいと真剣に思う。人生は短いんだから。



さて、今週末は休みをとった金曜日から目一杯ガーデニング。ずっと天気が悪かったからやれなかったことがたくさんある。隣のビッチも「ホットパンツ」で登場。やれやれ、見たくない。(注 彼女は60歳、外は天気がいいといってもとてもショーツの季節ではない)そして、耳にしたくもない会話がフェンスごしに次々に耳に入ってくる。

しばらくすると、「もし私が先に逝ったら、新しいガールフレンドをこの家に連れ込むんでしょう?!」とビッチ。彼女の移り気と癇癪に耐えつつ何からなにまで辛抱強く面倒を見ている旦那さんは「勿論そんなことはないよ」と返答。するとすかさず彼女が「当然よね」とぴしゃり。

How unkind.

そういうものかい?
いまさらながら驚いてしまった。
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by uk_alien | 2009-03-01 19:08 | just a thought

お父様、お母様

日本では小さな子供は両親のことをパパ、ママと呼ぶ。大きくなるにつれそれが(お)父さん/親父、(お)母さん/お袋に変わっていく。おポッシュな桜小路さんちは「お父様、お母様」なのかもしれない。

このパパ、ママはイギリス英語ではpapa(ぁと二つ目の「ぱ」にアクセントがくる)、mama(ぁ)となり、「昔は超ポッシュなご家庭で使われてきたが、今では古風な表現とされている」とうのが私の理解だった。ビクトリア時代を背景にしたBBCのドラマ、Little DorritでAmyが父親のことをFatherと呼ぶのをチューターに「Papaと呼びなさい、Fatherは低い階級の人が使う言葉です」とたしなめらたのがとても印象的だったのを覚えている。

今日、会社の近くのカメラ屋に立ち寄り、カメラバッグをふらふら見ていたときのこと。陳列棚にきれいに陳列されている小型のビデオカメラの一つを手にした12~13歳くらいの白人の男の子がファインダーをのぞきこみながら、少し離れたところに立ってカメラバッグを見ている背の高い50歳くらいの男性に向かって大層失礼な口調で偉そうに命令している。

「Papa, Papa! Come! Come here. Look this way, look. Papa, look, now! Look at me NOW! 」

驚き桃の木。まだこういう輩が生息しているんだ。そういえば今週はハーフターム。近所に超ポッシュなグラマースクールがあったっけ...。それとも少し離れたところにある全寮制の学校か...。

この「両親への尊敬」という美しい孔子(だったっけ?)の教えがざっくり欠落したposh bratの存在があまりにショックだったので、カメラバッグをながめながらしばらく彼の言葉に耳を傾けた。

「Oh, Papa. I love all the technologies I am seeing in this place. It's marvellous.」(ポッシュスクールで強調された上流階級のアクセントとイントネーションで)

場所が違えばあとつけられてぼこぼこにされてるんだろうな、こういう輩は。「親を見れば」というけれど、最近は「子を見れば親がわかる」という気がしてならない。この父親も予想たがわず。このくそ生意気な態度の息子を制するどころか、「Wait a minute. I am looking at something here. Are you taking a picture of me? Oh, no.」(ポッシュさが抑制されたRPアクセントで...ということはこのがきんちょは全寮制に違いない)と呑気に返している。ああ、やだやだ。

家に帰って旦那に聞くと、どうやらPapa/ Mamaは今だに死語ではないらしい。「僕が学校に行っていたときもポッシュな家の子達は男の子も女の子も皆使ってたよ。僕は使わなかったけど...」 ←中流階級の悲哀。

イギリスは何年住んでもいろいろ驚かされるので本当に飽きない。
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by uk_alien | 2009-02-17 07:16 | just a thought



在英も10年となり、パスポートの更新をした。60ポンドとちょっと。

前もってUK Border AgencyのサイトでIndefinate Leave to Remainのビザは新しいものに移す必要はないと調べていたが、領事館の窓口の女性がパスポートを手渡してくれる際に、「古いパスポートを同時に携帯すれば、ビザは新しいパスポートに移す必要はありませんよ」とこちらから尋ねることなく付け加えてくれた。10年前の「英国の事情は本館とは一切関係ないので英国の関係部署に問い合わせてください」という姿勢からずいぶん変わったものだ。

私は父が亡くなった時の教訓で、母が亡くなるまでは日本で私が誰なのかを即座に証明できる書類としてパスポートは手放せないと考え(お金があって弁護士を雇えるなら全く関係ないと思うけど)、今回の更新を待っていた。母は今80代後半、10年あれば十分と思い、イギリスのパスポートの値段を調べたら...、げ、今や600ポンド以上に跳ね上がっている。

「うーん、600ポンドも出すなら日本のパスポートのままで、その分写真にお金使うな」といったら旦那が悲しそうな顔をしていた。10年経った今でも、外人妻がパックアップして祖国に帰ってしまうかもしれない、という心配は絶えないらしい。根拠がないっつーのに。





「政府はお金がないからこういうところからぼったくってるんだよ。おちおちしてたら、あっという間に1000ポンド以上に跳ね上るよ」と旦那。

うーん、確かにいえてる。

風のうわさによると、どうやら日本も二重国籍を認める方向にある、らしい。
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by uk_alien | 2009-02-08 04:12 | just a thought

大正ロマンのおもひで

今日、会社からの帰り、何気なく景色をを眺めていたら、突然ふと昔よく行った鎌倉の喫茶店のことを思い出した。小町通りから左に折れて、わき道に入ったところにあったやつ。

高速を運転しながら、「あれはなんという名前だっただろう?」と記憶を搾り出そうと努力するが、まったく望みなし。帰ったらgoogleで探したる、と心に誓って帰宅する。

あった、あった、ミルクホール、そう、ミルクホールだった!誰かのブログの写真を見て、なんだか入り口あたりがずいぶん変わったような感じがする。

記憶が記憶をよびさます。そうだ、以前よくクリスマスを過ごしたあの逗子のホテルはなんという名前だったっけ。小さくてcosyで大正ロマンの雰囲気が嫌味なく漂っていたホテル...。

なぎさホテルだ!

え、平成元年に取り壊されたって?そういえばそんな話をきいたっけ。今は平成...(googling)...20年。

げ、ものすごく年とった気分。
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by uk_alien | 2008-11-28 02:07 | just a thought

やっぱり怖い

今朝バスに乗っていると、終点の手前のバス停をちょうど通りすぎたあたりで身なりのよい中年の白人女性がすっと立ち上がり、「ここでおろしてくださる?」と運転手に声をかけた。

スピードは出ていないにしろ、バス停で停止できるタイミングは逸してしまった後だった。他の運転手なら十中八九、まず妥協して停まっていただろう。でも、今日の運転手は定期期限やリターンチケットの日にちまで一人一人必ずチェックする、イギリス人にしては稀な真面目な運転手。

「でもブザーを押してなかったでしょう?」といって彼はそのままバスを走らせた。

ここで終わるかと思いきや...そこはイギリス連合王国女史。正当化のための弁明の労は決して惜しまない。

「私の周りを見回したけれど、ブザーは一つもないわ。ほら、見て。押しようにも押せないじゃない」と引かない。

「でもほら、あそこにとってもナイスなブザーがあるでしょう?」と運転手はわざとゆっくり大きな声でそういいながらその女性から2mほど離れたところにあるブザーを指摘する。足の不自由なお年寄りならともかく、運転席の隣にわしっと立って抗議し続けているこのご婦人にとっては遠すぎる距離ではない。

微妙に威厳を失った彼女は、ちょうど信号でバスが停止したので運転手に「ここでドアを開けてくださる?降りますから」とサーブ。

「いや、我々は緊急でない限りバス停でしか人は降ろさない規定。カウンシルのヘルスアンドセイフティーがうるさいですから」と冷静な運転手の返球。

「ヘルスアンドセイフティー?それを持ち出すなら、私が次のバス停からこの坂を歩いて帰って来る間に歩道で転んで怪我をするかもしれない、その私のヘルスアンドセイフティーはどうでもいいというの?」とおばさんのブリティッシュ・フィーメイル・スマッシュ。

「もし何かあったらその段階でカウンシルに苦情の手紙を書いてください」

あっさりボレー返し。ゲームセット、運転手さんの勝ち。



「まったくイギリス人の女性ときたら。くわばら、くわばら...」と漠然と思いながら仕事をしていると、目の前に座るお局様がプライベートの自動車保険の更新に関してなにやら電話口に向かってものすごい冷徹な言い方で怒鳴っている。(仕事もしないで)

「なんであなたのところの保険を更新しないかって?あなたの値段が高すぎるからよ('Cause you're NOT cheap!)。......ちょっとなんだってそんな質問に私が答えなきゃいけないのよ。あなたのところの保険を更新しない、それで終わりじゃない。これ以上何が知りたいって言うのよ!」

イギリス人女性の女性の権利への歴史的貢献の偉大さは測り知れないものがある。

が、怖いものは怖い。
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by uk_alien | 2008-11-12 03:12 | just a thought