カテゴリ:just a thought( 54 )

はじめてのポピー

先月バスの定期を買うときに、カウンターに置いてあったポピーの箱。今年もこの季節なのね、と思いながらふと今なら抵抗なく買ってつけられるような気がした。

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今の家に引っ越してきた年のこの季節、地元の駅の階段を降りていくと、下の踊り場で白人の品のよさそうな中年の男性が募金集めのためにポピーを売っていた。階段を降りてくる人たちににこやかに話しかけ、皆もいくばくかの小銭を差出し、ポピーを受け取っている。

彼の笑顔が階段を降り来る私の顔に止まった。すると、笑顔は一瞬気まずそうな表情に変わり、彼はそのままゆっくりと向きを変えて私に背中を向けた。

なんだかまるでそこに鏡が置いてあるようだった。彼の目に映った私の知らない冷たい東洋顔の女性が私にも見えるような、そんな気がした。

ここで、にっこり笑って『おじさん、私にもポピーちょうだい』と言えれば一人前だよな、とも思ったのだが、いかんせん、度胸も経験も足りず。そうして私は胸の奥深くに小さな棘をさしたまま通勤電車に乗り込んで行った。ま、確かに、「お前達の捕虜収容所のせいで大勢が死んだんだ!」と怒鳴られるのが怖かったのもある。ありえないだろうけど。

あれから6年。今年はじめてポピーを買って自分の胸に挿した。戦死者達や負傷者達への思いとはまた別に自分の中の小さな変化が少し誇らしい。

明日はRemembrance Day。
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by uk_alien | 2008-11-11 03:01 | just a thought

頭の中の会話

(いや、ついに頭の中で声が聞こえるレベルにいっちゃった、というのではなく...)

最近、ちょっと気付いたことがある。

Nice Factor: the art of saying NOの中に、

他人のことを思いやりがちな人は、交わした会話を頭の中で何度も再生して、自分の発言がどうとられたか、相手の発言がどういうニュアンスでなされたのかを無意識に考え続ける傾向が見られる。また、実際あった会話を思い出すだけでなく、正しくはこうあるべきだ、とか、こう言えばよかったのだ、こう言ってやりたい、等々、架空の会話をいつまでも頭の中で続けることで、自分ではアンテナを張って次回起こる同じような場面に対して準備しているつもりが、そうすることで自分を疲弊させ、実際には同じような場面に遭遇したときでも、自然で直感的/瞬発的な対応は妨げられ、採択しえる反応の選択肢を自ら制限してしまう

といった内容が書かれていた。

「私、これそのものじゃん...」と思っていたら、先日厩舎の連中と派手にもめた向かいのおばちゃんが、

「厩舎に行く度に、気がつくと自分の頭の中で延々と会話してるんだよ。くりかえし、くりかえし嫌なことを言われた会話をいつまでもいつまでもこねくり回して(churning)。で、結局知らず知らずのうちに自分ひとりでストレスを増幅させてるんだよね。でも止められない」

と笑う。そうか。大なり小なり皆同じなんだ。

今回の隣家との騒動後、最初の晩は、夢を見ても起きていてもこの状態が続いていた。2日目くらいになると、メタ思考する余裕が出来て、寝てても起きてても「あ、また頭の中で会話を始めた!」「お、まただ!」「あ、あ、あー。まただ、ストップ」と、会話が湧いてくること自体は止められないにしても、気付いた段階でストップすることが出来るようになった。これが、すごく楽。「ストップ。言いたいことを用意したり考えたりするのではなくて、その場で言いたいことを言えばいいんだから」と自分に説く。

こういう思考パターンを習慣化して、更に、言いたいことを言いたい相手に言いたいその場で(社会的に受け入れられる範囲で)伝えられるようになったら、人生がすこぶる楽になりそうだ。もし言い切れなくて悔しい思いをしたとしても、<少なくともその場で言おうとした/切り出した/少しでも言葉に出来た>事実は、事後の<言わなかった/言えなかった>形のないフラストレーションに比べれば月とすっぽん。

人生、学ぶことはまだまだ沢山あるのね...。

何を言っているのか皆目わからない、という方はご容赦。
そんなことはいつもやっている、という方には拍手。
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by uk_alien | 2008-05-29 01:10 | just a thought

母について

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母をホームに入れることにした、という連絡が来た。

新しく出来るところらしいから、きっときれいに違いない。
約2年したらファイナンスしきれなくなるので出所しなければいけない。皮肉だ。2年もしたらもっと面倒見るのが大変になるのに。

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親が高齢な場合の子どもにありがちなようだが、幼少の頃から母には常に死の影がつきまとって見えており、私は彼女を失うことを極端に恐れていた。しかし、極端な年齢差に加え、感情的な家族愛が欠落した母親と、それを受け継いだのか、やはり感情的な家族愛の欠落した娘という組み合わせで、結局二人の間に母子らしい関係は一貫して結ばれず、皮肉なことに、今となっては私の中では彼女はもうとうに亡くなってしまっている。

そして父親の場合と同じように、彼女の死の連絡をじっと待っている。
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by uk_alien | 2008-02-12 08:02 | just a thought

巣作りに選ぶ場所

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私のオフィスはカントリーサイド方面にあるからか、ロンドンオフィスに比べるとはるかに産休をとっている/とるであろう/とり終わって戻ってきた人たちが多い。もう各チーム内でrotaになってるんじゃないかと思うくらいに入れ代わり、立ち代わり一人目、二人目を生みに出て行く。また、皆さん2週間前とかまでぎりぎりに勤務しているからあっぱれ。

私は今まで一度も子どもが欲しいとか、育てたいという気持ちがわかず、おそらくこの先もそういう気持ちになることはないと思う。

父親にするにはもってこいの旦那を持ったことだし、生物学的にも生めなくなるから、「欲しくない」とかいうレベルじゃなくて、もっと、こう、頭でしっかり考えなきゃ、と、ここ数年ずっと積極的に「考えて」きた...のだが、やっぱり全くその気にはならない。それに欲しくなかったけど、生めなくなるし、これも経験だからといって子どもを生んで、いや、やっぱしいらないんだよね、というわけにもいくまい。

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ところが、先日ふと、南仏プロバンスでなら子どもを生んで育ててみたい、と突然思った。両親と全く違う言葉と価値観で子どもが育つ場所が私の巣作りに最適な場所なんだろうな、とふと思った。思っただけ。

太陽と肥えた土と海の幸に山の幸、とどめにワイン...という要素がこの突然湧き上がった思索の基盤をなしていたのに疑いの余地はない。

プロバンス在住の方から「あなた、なにをいってるの、南仏はそんな理想的な場所じゃないのよ」という諭しの言葉が聞こえてきそう。私も「イギリスだったら...」という人がいたらきっと同じことを言っている 笑。
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by uk_alien | 2008-02-09 02:35 | just a thought

みんな順番

クリスマスは離婚と死別の時期というけれど、私の周りでもちらほらそういうニュースが飛び交っている。幸い直接関係ある人たちではないので平静を保っていられるけれど。

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仕事柄、臨終の報せも受けとるのだが、年明けから心持ちその数も増え、毎日毎日1920代から30年代の人が統計通りぱたぱたと亡くなっている。ごくたまに1910年代などがいると、「おお、よく頑張った。じいちゃん、偉いぞ!」となーんて心の中でつぶやきつつ、もくもくと仕事をする。

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おかしく聞こえるかもしれないけれど、最近本当に、人って順番に死んでいくんだな、とつくづく思う。そうじゃない不幸な早死にケースも多々あるけけれど、でも大抵の人にとっては、人生で確実なことは、生まれて、育って、年をとって、死ぬこと...。あ、「税金払って」というのも入れなきゃだめね。

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そんな気分でいるからか、今日の寄り道は、教会。
戦争で亡くなった人のモニュメントに添えてあったポピーの赤が目に留まり車を停めた。

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この教会は丘の上に静かに建っているのだが、毎週日曜には近隣から信者たちがしっかり集まっており、結婚式なども頻繁に行われている。

私はクリスチャンではないけれど、日曜の朝にドレスアップした老夫婦達がこのこじんまりした教会に吸い込まれていく眺めを見るたびに、やはり心温まる想いがする。
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by uk_alien | 2008-01-18 03:26 | just a thought

名前の話

私は一度目に結婚したとき、自分の苗字を変えなければいけない事実に愕然とした。結婚にそういうことが込みこみだったということを考えなかった若気の至り...といえばそれまでなのだが。

婚姻届を出す前に当時の配偶者とかなりもめた後、結局は私が折れた。インターネットで一般の人が情報や意見を共有しあえる今とは全く違い、当時は女性がそこまで自分の苗字に固執するのは偏屈としか見られなかったし(私の周りで意見を共有する人は皆無だった)、とりあえず式も挙げてしまったし、まったく離れた場所で新しい暮らしを始めるのに、役所がらみの届出等々がみっちり立て込んでいたため、これをとりあえず旧姓で一回、ひょっとして新姓でもう一回という二重の作業を考えると気が重かった、というのも否めない。

銀行口座、運転免許証、厚生年金と次々に自分の名前が変わっていくを体験するのはつらかった。外国暮らしでいろいろ厄介な出来事が続く今から当時を振り返れば、やっと「たかが苗字」と思えるようになったが、やはり当時にしてみれば、少しずつ築き上げてきた自分がどんどん「XXさんの奥さん」という付属の人になるような感じがしてやりきれなかったものだ。

イギリスはその点一歩進んでいる。結婚などしないでパートナー同士でいても法的な権利は結婚しているカップルと全く変わらない。ま、子どもを生めば子どもがどっちの姓を名乗るんだという意思決定プロセスが入るようだけれど。また、結婚して、オフィシャルな記録は全て新姓に変えるけれど、今まで築き上げてきたビジネスのネットワークへの影響を考慮し、会社の記録では旧姓で公然と通っている人も少なくない。

通称もよく使われている。ElizabethやLyndaが短くなって、社内では署名もメールも全てEliやLynになっている...というのはよくある話。でも、本来の名前とは全く関係のない名前をしっかり通称として通している人もいる。本名は花子さんなのに真由美さんになっている、みたいな。

こうした通称、略称、正式登録名を個人の事情に合わせて受け入れてしっかりアドミン処理をしているイギリスの会社や役所には感心してしまう。そういうところにだけは神経が回っているんだな、と。

離婚することで結局は戻ってきた私の旧姓は、再婚した今でも第二のファーストネームとしてしっかり残っている。残せるとわかった時はそれはそれで非常にうれしかったのだが、時間がたった今となってはフォーマルな際に使用するだけで、大抵は抜かしてしまっている。歳を重ねるこことで細かいことはどうでもよくなったせいなのか、新天地で自分を一から築き上げなければいけなかったからなのか、単に使ってもどうせイギリス人は読めないと思うからなのか...。
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by uk_alien | 2007-12-20 01:54 | just a thought

妙な空気

車を運転していると、なんだか事故が起こりそうな匂いというのがぷんぷんしている日がある。

霊感とか第六感とかじゃなくて、普通に運転しているときに、普段ではあまりお目にかからないニアミスやら、とんでもない運転やらが妙に目立つ日。

顕著なのはバンクホリデーウィークエンドの金曜日の午後4時以降。ドライバーの気分が浮かれていて注意が散漫しているのか、興奮してマッチョな気分に盛り上がっているのか、twatishな連中が異様に氾濫し過ぎて運転しづらい。

さて、今日は何ということはない平凡な11月の火曜日。朝から霧が少しうっとしいという程度で、何がどうというわけではないのに、家を出てから妙に失礼無謀な運転が目につき、なんだかいやな感じがする。

「M11のど真ん中にアームチェアがでんと居座っていて、皆よけながら走っている」というトラフィックニュースに大笑いしていると、自分が走っている一番右側の高速道路の車線に車が一台「停まっている」のが見えてきた。おいおい。

とりあえずよけられたのでそのまま進む。もう一台が路肩に駐車しているところをみると、軽い接触かなにかだったのではないだろうか。この後、最右側の車を路肩まで寄せるのに一時的に前面通行止めにしなければいけないからすごい渋滞になるだろう。くわばら、くわばら。

帰りもやはり、無謀な車線変更をする車が目立ち、いやだなあと思っていると、荷台のドアを大きくあけたトラックが路肩に停車しているのが目に入る。高速パトロールだかなんだかの車とバンも一緒だ。なんだろう?と思って臨時速度制限の脇の掲示板を見たら、

Obstraction on Road

とある。ここでも落っことしちゃったのかな。今度はなんだろう。
DFSのソファーかな 笑。

今日もお腹がすいたので家に着き次第再びコートを脱がずにランチを作った。(セントラルヒーティングを昼間切ってるのがいけないのだ。家に帰ると寒い。設定を変えよう。)

ざっとパスタを茹で、昨夜に庭から掘ってきておいた大根の葉の部分を刻んでにんにくとオリーブオイルと海草入りの塩(義理ママにもらった)で炒め、大根少々をすりおろし、冷凍してある納豆をレンジで温め、最後に醤油を大根おろしの上に少したらして出来上がり。

Voila!

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納豆スパゲッティ。
美味。日本にいたら、絶対作らないと思うけど。
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by uk_alien | 2007-11-28 01:58 | just a thought

ブリードの鏡

今年の旦那の会社のビジネスショーの景品はNintendo DS。去年の景品のiPod Shuffleに引き続き、結構いい線ついている。遊んでみる?といわれたけれど、私は熱くなるタイプなので傷つけてもなんだし...後ろ髪をひかれつつ遠慮した。

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このNintendo DSのイギリスでのコマーシャル(↑)、私はずっとNicole Kidman「系」ルックスの女性が使われていると思っていたのだけれど(笑)、先日サブタイトルをみて、やっと本人なのだと遅ればせながら理解。

それにしても(性格にやや妙なところがあるとはいえ)40歳であれだけチャーミングというのはすごいものだ。女優さんなんだし、かけているお金もばかにならない金額なのだとわかってはいても、「私もまだがんばらなくっちゃ」と見ている女性達の励みになるのでは?

一方、オリエンタルの私にとって、白人青目金髪美人の女優さんたちは、きれいだなと思えるけれど、どうも異質すぎて今ひとつ「励み」にはならない気がする。

オリエンタルブリードで、40を超え、それでもしなやかかつ機敏で美しく、私に「女はこうこなくっちゃ」と思わせてくれるのがMichelle Yeo。

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007やCrouching Tigerでは今ひとつピンとこなかったけれど、Memoirs of a Geishaを観てすっかり女惚れしてしまった。

ああいう風になれるなら歳をとってもいいかな、と。
(なれないっちゅーの)
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by uk_alien | 2007-11-17 02:13 | just a thought

郵便局で

コースが終わったら絶対amazon.co.ukで売ってやる、と思って一切書き込みをせずにきれいに使ったProficiencyの教科書が結構な値段で売れた。わーい。

早速発送のため、近所の雑貨屋の中に入っている郵便局に行って、80代くらいのちっちゃいおばあさんの後ろに並んだ。

番が来て、彼女は年金の受け取りだか、貯金の引出しだかをしている。郵便局の女の子に、「はいはい、いつものね。あら、髪を切ったの?」ときかれ、大きな声で「そうなのよ、こないだね。もう長くしておく歳じゃないからね」と答え、「仕事はもうなれた?」とききかえす。

「もう、すっかりなれたわよ」「お母さんは元気?」「お母さんはすぐそこで仕事してる、ほら」「あらほんとうだ、それじゃあまたね」

気をつけて財布をバッグにしまい、おばあさんはカートを引きながらゆっくり去っていった。

多くの郵便局が閉鎖されつつあるこのご時世で、この郵便局はとりあえず、いつもすれすれのところで生き残っている。

「田舎では郵便局はコミュニティーの中で重要な役割を果たす...」「80歳のお年寄りにインターネットで切手を買ったり、ネットバンキングをさせるのは酷...」という議論に対し、「やはり時代の変化に犠牲はつきもの」「経営が成り立たない郵便局を維持しておけない」という議論。

どっちもどっちだけれど、実際この会話を耳にして、日々、なんとなくの喪失感はあっても何を失っているのかがはっきり見えないまま普通に生活を送る中、失っているものそのものを見てしまったような、そんな気分になった。
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by uk_alien | 2007-10-19 00:14 | just a thought

暫し考えごと

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Daily Mailは毎年夏になるとコーンウォールだのコッツウォルズだのの「カントリーコテッジが当たる!」Dream Cottageキャンペーンをしている。今年はフランスのコテッジ(↑)。単細胞な夫婦の私たちは当選を夢見て今月trashyなこの新聞を毎日買っている。

今日はまあまあの天気。
秋っぽい空気の中、暫し考えごとにふける。
(コテッジのことじゃないってば)
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by uk_alien | 2007-08-08 20:22 | just a thought