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全員合格

まるまる一ヶ月以上も頭痛とめまいに悩まされて結構辟易している。季節の変わり目ってやつね。

そんな中、ボランティアをしていた英語のクラスの先生からメッセージが入った。

クラスの全員が試験に受かったのよ!全員、あのクリスまで!
手伝ってくれて本当にありがとう!

試験は6月だったっけ。皆がパスするよう最後は熱血状態で口頭試験のロールプレイをしながらそれぞれどこが弱いのかノートをとり、先生に最後に向けて何をしたら皆のプラスになるかアドバイスをして真剣に手伝ったクラスだった。試験前には先生と一緒にエクストラクラスを設けて、ちょっと危ない生徒に集中レッスンも提供した。(ほら、試験は受からなきゃいけないという日本人魂 笑)

よかった。ものすごくうれしい。

年々体力が落ちていて、次回は週一回でも手伝うのは難しそうな気がする。
ちょっと残念。とても残念。
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by uk_alien | 2010-09-29 01:33 | volunteering

Happy Anniversary


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by uk_alien | 2010-09-26 03:20 | great about it

秋も読書

Alexandre DumasのThe Count of Monte Cristoでミステリアスな復讐ムードにひたった後(終わりにかけて結構はしょり気味な感があり、ややがっかり)次は何を読もうかな...と迷って、以前同僚に勧められ、大分前に日本語でもよんだことのあるFranz KafkaのThe Metamorphosisを読むことにした。私はドイツ語は読めないのでこれも英訳。

短い小説なのに家族/家庭の性が明瞭に描写されているのが印象的だった。破産して低落した元中流階級の家族をなんとか一人で支えようとする主人公のGregor Samsaが、そうして自分で自分に課してしまったプレッシャーの煽りもあってか、逆に役立たずで家族の重荷の「虫」と化してしまう。ストーリーを通しての彼の思考と行動の変容は「虫」という極端な設定の割には不思議に説得力があり、無骨な掃除婦が彼の死体を片付けた(この片付け方の示唆がとても微妙)後、家族が味わう開放感の描写がリアルで、さらに妹Greteが大人の女性へと「変容する」パラレルが小説としての完成度をとても高めていると思った。

Kafkaはチェコ出身なのだそうだ。私の義理の家族はチェコ出身で親戚がまだチェコに住んでいるのでとても親近感を覚えた。10代の頃に読んだ「カフカの『変身』」は、時代背景も舞台も人物もどこか果てしなく遠い欧州の国というベールに包まれ、それはそれなりに印象深かったのだが、今回はまたまったく違った角度で味わえた気がした。

さて、次は...。東へ向かう流れで今度はロシア、Fyodor DostoyevskyのCrime and Punishmentを読むことにした。これも10代の頃に読んでいた...はずだったのだが、読み進むうちに話の内容を全く覚えていないことに気が付いた。当時はホラー小説の代替として読んでいたふしがあり、殺人シーンにたどり着くまでとばしにとばしていたのかもしれない。

私は気が違い「そう」な人に苛立ちを覚えるふしがある。完璧に正規分布の端にずれてしまっている人には結構冷静に対処できるのだが。とにかく。今回このRaskolnikovにもしょっぱなから妙にいらいらさせられている。うーん、これはちょっと期待していた読書感とは違うぞ。でも途中で投げるのはなんなので読み進む。それに彼は既にボーダーラインを超えちゃっている節がある。

目下彼の殺人計画は着々と現実化しつつあるところ(不健康)。
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by uk_alien | 2010-09-25 05:15 | books

何度目の失敗だ?

イギリスのレストランはまず間違いなくまずい、というのは海外旅行情報が飛び交う昨今まず一般常識になっていると思う。

そんなこんなで私たちもレストランからは足が遠のいていた。高いお金を払ってがっかりするくらいなら自分でいい材料を買って料理したほうが楽しいし美味しい。

それでも、先日イングランド南部の海辺に住む友人たちを久しぶりに訪ねた折、彼らの強い勧めで海辺のレストランでディナーをとることになった。メインディシュが20ポンドクラスだからローカルレストランにしては結構な値段だ。

「味は保証つき」だから「今日は値段を考えずに食べたいものをアラカルトで注文ししよう!」

...ふむ。「美味しい」ということだし特別な機会だし、それでは...ということで、スターターはホタテ、メインはスズキと、両方ともスペシャルボードから注文する。注文の際、料理の仕方の選択肢で妙にブリティッシュなソースの羅列(たとえばチーズソース)にあからさまな拒絶反応を示しつつ、なるべく素材を生かしたシンプルそうな味付けを選ぶ。白はAlsaceと迷ったが、Gavi di Gaviに決め、赤は肉食組みにまかせた(アルゼンチンのフルボディの赤にしたようだ)。

テーブルに移ると、入り口の「ちょっと地中海風」な感じから典型的な古めかしいイギリスのレストランの雰囲気になる。ほら、10年くらい前にまだハイストリートに存在していた、テーブルクロスと銀食器だけはしっかりしつらえてあるGordon RamsayのHell's Kitchenに出てきそうなあのタイプ。

quaint 【形】古風{こふう}な趣のある

...と、いいようにとり、運ばれてきたGavi di Gaviをテイスティングする。おお、これは美味だ。

スターターのホタテが運ばれてきた。材料はかなり質がいい。火の通し加減も絶妙だ。が、味がバター。「風味の深みを増すのに少しバターを入れて...」なんて微妙なソースじゃなくて、バター。ガーリック味のついたとかしバターの中にホタテがひたっている。「1970年代」「cordon bleu風もてなし料理」「Nan(おばあちゃん)」というタグ付けを一瞬で済ませ、ありったけのレモンを絞ってバターの味を殺して意を決して食べることにした。

興味半分で旦那が注文したホタテのコキールを試す。洗練という言葉からは程遠いマッシュの味に顔をしかめる。シェフの年齢が料理からひしひしと伝わってくるようだ。

メインのスズキも同じく、バターにひたっている。さらにバターソースを上からかけようとするウェイターをしっかり止め、銀皿にくんにゃりとマッシュ状態になって載せられたほうれん草に断固としてNOと言い渡す。スズキそれ自体は海でとれたもので、養殖のものに比べ肉に厚みがあり、とても質がいい。でも味がバター。あまりに気持ちが悪くなって水を頼むと、ウェイターのおじいさんがまだ残っている私のGavi di Gaviのグラスにどばっと水を注いでくれた。飾りのレモンも含め、ありったけのレモンを絞るだけ絞ってスズキを食べる。なんだかやるせないなぁ。

旦那のステーキを試してみた。肉はこれまたすごいよい素材で、焼き加減もパーフェクト。でもソースがすごい。Dijon粒入りマスタードとデミグラスソースと赤ワインを混ぜてこれでもかと煮込んだ70年代風ソース。フィレの塊がこれにどっぷり浸かって泳いでいる。

「どう?」と無邪気にきいてくるイギリス人の友人カップルに、なるべく気を悪くさせないように、しかし、はっきりと感想を述べる。ごめんね。でもこの料理の仕方は新鮮な質のよい食材に対する犯罪だわ。勿論ただなら文句は言わないけど。

チョコレートソースの中で溺死しているプロフィタロールをまあまあのデザートワインで食し、ポートで味もそっけもないチーズをいただき、チーン、ビルは4名様300ポンドなり。

タクシーを待つ間、ブランデーを勧めるので、いらないと断ると、ディナーを通して終始押しが強かったチャイニーズのウェイトレスが「じゃあBaileysをお持ちしますね」という。

いくら満足しなかったとはいえ80ポンドの大枚をはたいたディナーをBaileysでフィニッシュしたいと思うほど私の舌はチープじゃないんだけど、という瞬間的な思考をしっかり顔に出してNO THANKSと断る。おお、私ってやな客。

馬鹿は失敗から学ばないというが、私もその一員という事実を改めて認識した。だからイギリスのレストランはこうなんだって、何度も経験したじゃない?一体私は何を期待してたんだろう?
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by uk_alien | 2010-09-20 01:56 | food

A foreigner



Our friend who has emigrated to Australia dropped us an email saying he suddenly decided to come over to the UK for two weeks. Giving only one particular day, he asked if we would be able to make it. Of course we would.

So we got together in London Bridge like old days. There I learnt to my surprise that the purpose of his trip was to address his homesick he recently started to suffer. He, who is very charming, intelligent, cultured and slightly introverted, calmly analyses his own situation.

He hadn't come back to the UK for 18 months and he thinks he left it too long. The last visit from his family was a year ago. Though he's made three friends so far, unfortunately all of them, it turned out, moved away respectively to different parts of the world for business. So, the situation went back to square one. Though he runs his own business and has an Australian partner, his emigration was mainly for his partner's sake – consequently people around him are not his people but his partner’s people so to speak. With closely knitted family all in the UK, his uneasiness after three years is not hard to imagine.

Being gay as well as foreign in Australia does not seem to help either. He says the prejudice against gay is much harsher compared to the UK, hence he and his partner are much more careful about showing intimacy in public. His elegant British accent sometimes gets a rude 'Ah?' not being understood instantly. Though their apartment is a minute away from the beach and very close to the Opera House with nice walks around, he feels he has done enough exploring of the area and now begun to feel rather bored.

My husband's prescription was to get a part time job. Running his business is all fine but it being small a number of contacts is naturally limited. His professional background in the UK is more than good enough to find an excellent job in the industry he used to specialise in, and through professional life, he could increase acquaintances and among those acquaintances he might find good new friends. Human being is after all a social creature. One requires plenty of inevitable daily contacts with other fellow human beings to the extent of annoyance in order to keep sanity.

I agree. That's indeed what I have done here in the UK although I am still working on it even after 11 years! (An immigrant can never be complacent on the matter of simple personal happiness.)

After enjoying ourselves rather too much with a bottle of champagne and two bottles of red, we parted. In these two weeks, he has been meeting friends and families like mad. I felt for him. It is not easy, but alas, a more-or-less mandatory course that one has to get through after moving in to a foreign environment, alone. And, it takes its own course rather than you controlling it.

However, I am certain he will eventually find his way out.
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by uk_alien | 2010-09-18 02:25 | friends

Acts of Mercy

National Galleryで展示しているFrederick Cayley RobinsonのActs of Mercy (1916-20)を見に行ってきた。

褪せた色合いと、作中の人々の凝視の眼差しが非常に印象的だ。入場は無料で展示されている点数も数少ないが、私は中でもOld Nurseと名づけられた作品の、窓の向こうに見える別の建物の窓からもれる暖かい光と、手前の暗くがらんとした部屋の様子がとても印象に残った。

関連のMedicine and Healing Trailのパンフレットを眺めていると、見知らぬ男性が「それはこの展示のパンフレットですか?」と訪ねてくる。アート好きなヨーロピアンだと思って「いいえ、関連しているけれど別のtrailのパンフレットですよ」と親切に答えると、「君スタイルいいね、どこから来たの?僕はイギリス人」と私の足の先から頭のてっぺんまでじろじろ見ながらきいてくる。げ、オリエンタル好きのその手の輩だ、めんどっちいな。

「スタイル」「ファッション」「アクセサリー」「エクササイズ」と、私に縁もゆかりもないほめ言葉を投げながらついてくるので、「服は仕事着、運動は犬の散歩だけす。ほめてくださってありがとう。音楽やアートがとても好きですわ。残念ですが犬が足を交差して私の帰りを待っているので時間はとれません。でも残りの時間をギャラリーでゆっくり楽しんでくださいね」とやんわり逃げ切った。ほら、act of mercy。

一人でいるより連れを探そうというこういう積極性には個人的には非常に賛成なのだが、もしギャラリーに一人でやってくるような女性と近しくなりたいと思うなら、じろじろ相手の身体をみるよりしっかりアートの話をした方がいいんじゃないだろうかとふと思った。
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by uk_alien | 2010-09-15 02:41 | art

次世代



昨日は義長兄の家で家族パーティー。義兄姉母甥姪ガール/ボーイフレンド一同が彼のお屋敷に集結する。

こうした集まりは以前は気が重かったのだけれど、私が歳をとったせいか、それとも義甥姪たちが大人になったせいか、彼らといろいろな内容のある話をすることが出来、とても楽しい一日を過ごすことができた。

ニシキヘビのシドニーをペットに持つ甥が彼女を階上からつれてくる。触らせてもらうとビロードのようななめらかな肌触りで意外に暖かい。動物や子供の面倒見がとてもよいやさしい気質に育った彼。「一体どうしてニシキヘビをペットに飼おうと思ったの?」ときくと、「僕は犬や猫が大好きなんだけどアレルギーがあるから飼えないんだ」という。家をあけなければいけないときは専門のペットショップが面倒を見てくれ、寿命は約35年。万一何らかの理由で手放さなければいけなくなっても、新しい飼い主を専門家を通して見つけるのはまったく問題ないそうだ。餌は2週間に一回ラットを一匹。2ポンドちょっと。運動は毎日短時間タンクから出してあげ、するすると勝手に動かしておく。また、毎日そうすることでいわゆる「信頼関係」が保たれるというわけだ。

背が高くとてもハンサムな彼のガールフレンドはこれまたスタイルのよい綺麗な女性。肌の色によく合う薄いモーブ色のサテンのドレスをエレガントに着こなしている。と、シドニーが大勢の人に囲まれているので隠れたいのか、彼女のドレスのホルターにを通って首にからみきだした。「すごい、フォトジェニック。美女と野獣!」と思わず歓声を上げてしまったのは私。

彼がシドニーを彼女の首からやさしくほどいているのを指して、別の近しくしている甥のガールフレンドに小声で「Raw, sliced, wasabi and soy sauce, yum」というと彼女は「No, boiled for soup」と返す。私は日本、彼女は中国出身。お国柄ね。

義長兄と4番目の妻との間の男の子は4歳。億万長者の父親を持ち目に入れても痛くないという育て方をされているのでまったくしつけがついておらず甘やかされて芯から腐りきっている。彼が大人になる頃には義兄は70を超える。遺産を当てにして定職にもつかずぶらぶらするか、父親の血を引いて豪傑なビジネスマンになるか。他人事なので楽しみである。

ちなみに一日を通してかなり高価なワイン/ウィスキー/ブランデーが振舞われたので今日は久々のものすごい二日酔い。うう、隣のおばちゃんちで庭仕事しなきゃならないのに...頭が痛い。(自業自得)
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by uk_alien | 2010-09-12 20:05 | family

DO NOT DISTURB


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by uk_alien | 2010-09-11 16:29 | photography

母の想いで観劇へ

高いお金を出したからといって、また、有名なオペラハウスだからといって、ステージが必ずしもよいとは限らない。それも込みこみでオペラの醍醐味だといわれればそれまでだが、そこまで寛大で慈悲深く気前のよい財布を持たず、それが故に批評する目も一段と厳しくなる人間にとって、ステージや歌手がさえなかったりすると結構がっかりする。「そんなに悪くはなかったと思うわ。おっほっほっ」といつかはゆったり構えて扇子を煽いでみたいものだ。

例えば2006年に絶賛されたロイヤルオペラハウスのフィガロの結婚は今年の5月のステージに関しては口をそろえてその痛々しさがひしひしと伝わってくる内容の批評だった。予約しようか迷っただけに見に行かなくてよかったと思わざるを得ない。今年の5月に見に行った椿姫(今日本で公演している)は全体的には「まあまあ」のステージ。

「まあまあ」ってどんなだ?こんな感じ:

瞬間的にLa Traviataの世界へ引き込むOvertureの悲壮なバイオリンの音。やー、やっぱりこのオペラハウスのアクスティックはいいなぁ...と賞賛。静かな演奏が止まり、ベースもろもろがが入ってくる寸前の例の「間」。これをあたかも狙ったかのようにNOKIAのリングトーンがオペラハウスに響き渡る。そ、そうくるか?携帯の持ち主の首をその場ではねたくなる思いを皆ぐっと抑える(自分じゃなくてよかった、と思った人も結構いたに違いない)。

それはそれとして。一気に盛り上がるAct IではVioletta(Ermonela Jaho)もAlfredoも(Saimir Pirgu)もどうもぱっとしない。艶と深みのないビブラートだけがひらひらと耳につくソプラノ、演技下手で誠実だがこれまた艶のない歌声のテナー。「うわー、財布をはたいて空クジひいちゃったよ」いう気持ちになる。ACT IIに移り(最初のAlfredoのソロはあまりに退屈で笑えた)、Alfredoの父親役の安定感のあるバリトン(Dimitri Hvorostovsky)でステージは救われ、それに呼応してか、Violettaの悲壮と絶望を歌い上げるソプラノの存在感が一気に増し、観客をドラマに引き込む。場所をパリに移したカラフルなパーティーシーンは豪奢で、ACT IIIではJahoのうわさ通りの迫真の演技で、これを観れただけでもよしとしよう、という気持ちになった。She was not good at acting joie de vivre, but was brilliant at dying。観劇という経験は不思議なもので、カーテンコールでのPirguのうれしそうで天真爛漫な笑顔を見たら不思議に不満も消えていった。彼にBravoと叫んだ観客を「身内に違いない」と思いつつ。だから全体的には「まあまあ」という結論。

さて、先日購入した10月のRigolettoのチケット。実をいうとこれもまた旦那抜きの自分の小遣いから出した自分だけのチケットだった。しかし相方が傍で夢中になっているといやがおうにも興味は沸くもので、一緒になってCDやDVDやTVを観たり聴いたりしているうちに今や彼はすっかりオペラファンと化してしまったようだ。

それでも10月の公演に関しては「いいよ、いいよ。僕はそんなお金出せないから、君だけでいけばいい」といつもの通り言う。しかし、言葉に以前と同じ信憑性が感じられない。

先日BBC2を通して生中継されたイタリアMantovaからのライブフィルムのRigolettoのACT IIIで息絶えるGilda(Julia Novikova、非常に愛らしい演技で美しい歌唱だった)に自分を残して逝かないでと叫ぶRigoletto(テナーで押し切るバリトンの物足りなさは有名さと演技力でカバーのDomingo)のシーンに涙を流してのめりこんでいる。

「いとしい子供のためなら」という母親の気持ちはこういうものに違いない。ため息をついて先日自分の貯金額をチェックした。自分にお金をかけない私は貯金が貯まるのが結構早い。当たり前か、使わないんだから。自分の分を支払った後でももう一枚分だけなら払える。「これからは自分のお金は自分のために使おう!」と最近決心したばかりなのにな。

こうしてまだ残っているGrand Tierの私の後ろの席を彼のために予約した。メールで知らせるともう有頂天。それ以来朝に晩に「僕はRigolettoを観に行くんだ~」と毎日本当に楽しみにしている。ディズニーランド行きを約束された子供のようだ。彼は最近ずっと仕事が大変で疲れ気味だっただけにいいプレゼントをしたという気持ちになった。

しかし、今回の配役もあまり期待できない。

Dukeは演技力が乏しく、声にボリュームと深みがないと批判されたWookyung Kim(役に必須のテストストロンが感じられないんだよな、この人)、Gildaはなぜか甘い歌声のEglise Gutiérrezから急遽変更されてPatrizia Ciofi(結構ショック、でもDavid McVicarのショッキングで勢いのある舞台にあっているかもしれない)、Rigolettoは迫真の演技のPaolo Gavanelliではなくもちょっと若手のDimitri Hvorostovsky。うーん、結構暗雲がだだよっている。

今回のステージもDimitri Hvorostovskyが舞台を救うことになるか。
あまり期待しないで見に行こうっと。
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by uk_alien | 2010-09-11 02:30 | music

September - in the garden










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by uk_alien | 2010-09-04 16:06 | photography