死刑

...というとすごいタイトルだけど、今年の正月に大学生の英国人女性がタイでレイプされ殺された。その犯人に対し死刑判決が下ったが、被害者の母親は「娘も自分も死罪の存在を支持しない。だから無期懲役を望む」旨正式に発表した。

私は究極的には死罪の存在はよしと考えている。人(システム)が人を裁くことに問題は感じない。なぜなら法律や道徳などを含む社会自体人によって作られたもので、その社会に所属する(生まれる、教育・補助・保護等の利益を受ける)からにはその社会の掟に従う義務があると私は考えるからだ。人(システム)が人を裁かなければ誰が裁くのか疑問である。本人の良心...なんてことは頼むから言わないでほしい。それで世の中が回るなら警察はいらない。

しかも刑務所のコストも考えなくてはならない。英国は死刑を廃止した国のひとつだが、現状は刑務所が満杯、かつ経費がかかりすぎるために、終身刑=十数年の懲役=刑の見直しで半期で出所という図式が成り立ってしまっている。そして出所者が再犯を犯す可能性は高い。また、昨年から経費削減で刑期の見直しは「本人との面接なしで決定されていた」そうで、実際出所した犯罪者が早速金目当てに銀行家の家に押し入り、9歳の女の子の目の前で父親を射殺、母親に重症を負わせた事件もあった。別件で、最近起こった路上物取り弁護士殺人に関するラジオのLBCや新聞報道へのコメントで、「死刑を再導入するべきじゃないのか」という一般市民の声が上がっている。

英国のアムネスティは死刑が世界人権宣言に謳われている1) 生きる権利、2) 拷問を受けない権利と、残酷、非人間的、または下劣な刑罰を受けない権利に反するとして、死刑反対を唱えている。死刑という刑罰は野蛮で文明的ではないという判断だ。

ではそういう野蛮で非文明的な犯罪者をどうするのか?

道徳は悪心と罰、良心と報いそして葛藤で成り立っている。先に例を挙げた銀行家殺人のケースをみてみると、主犯は過去に数回犯罪を起こしているのだが、最後に犯した犯罪は1997年、ローレックスの腕時計ほしさに強盗。逃げる際、被害者を拳銃で3発撃っている。アリバイ工作したが発覚。12年の刑を受け7年で出所。出所たった3ヶ月後にこの銀行家殺人・およびその妻の殺人未遂事件を起こしている。人権擁護の視点から刑務所の施設環境改善運動等も耳に入ってくる昨今、こうした「罰のみえない社会」で道徳が育つとは私には思えない。

野蛮で原始的だから死刑は廃止という理屈はわからないでもないが、その代償として、終身刑だったらその経費は「普通に働く」市民(英国は福祉詐欺や職につかず福祉収入でぶらぶらしている人間が少なくない)がまかない、早期出所であればやはりその市民が犠牲になる、という構図ではなんともいただけない。第一級殺人犯の人権擁護にエネルギーを費やすなら殺人防止にそれを傾けてほしい、と少し感情的にもなってしまう。

死罪にもし疑問を感じるとすれば判決の真偽だ。純粋に誤りが生じる可能性は当然ある。(ここで、既存の司法/社会システム自体に問題があって、死刑を目的に個人を犯罪者にしたてあげるような社会の話は論外とする。)「必要にして十分な証拠が犯人の故意による殺人を明示している場合だけ死罪の確定がなされるべきだ」としても、確定の基盤となったその時代のテクノロジー自体がその後疑問視されることもあるだろう。

簡単な問題ではない。

ちなみに、頭ごなしに「死刑に賛成ですって?信じられない!」とヒステリックに叫び、吊るし上げるのだけは勘弁してほしい。5年前大学寮でアムネスティーに所属する若い3人のドイツ人中流階級白人女性に槍玉に挙げられた記憶が生々しく残っている。
[PR]
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by uk_alien | 2006-01-19 05:10 | concept | Comments(0)

カメラ小僧のイギリス帰化人。愛機はライカMモノクローム。はたと思い立って始めた大人ピアノ初心者で目下楽しくて仕方がないピアノ練習と音楽理論の勉強をブログに綴る日々 ー London UK


by uk_alien
プロフィールを見る
更新通知を受け取る